SSブログ

言葉の魂の哲学 [読書日記]

サントリー学芸賞を受賞した古田徹也の著作。中島敦とホーフマンシュタールの小説に出てくるゲシュタルト崩壊(字をじっと見つめると線の寄せ集めに見えてくる現象)から説き起こし、魂ある言葉、生きた言葉を使うことの大切さを訴えている。

人工言語エスペラントが普及しなかったのは、言葉が生活に根ざしてないから。連想を呼び起こさない言葉は言葉ではない。九鬼周造の名著「いきの構造」にも言及し、いきという日本語が持つ多様な意味を紹介する。ウィトゲンシュタインは「言葉は生活の流れの中で初めて意味を持つ」と指摘する。

哲学的な探究の話の部分は少々難しいが、言葉を選ぶ責任を語る章で、オーウェルの「1984」の話が出てきて俄然面白くなった。1984はナチスに代表される全体主義の恐ろしさを描いた。作中に出てくる公式言語「ニュースピーク」は年々語彙が減ってゆく言語として描かれる。常套句の氾濫、決まり文句の洪水が人々を押し流し思考停止に追い込み、単一の方向に誘導していく。ナチス、ヒトラーのプロパガンダはそのお手本だった。政治の言葉の特徴は、論点をぼやかす曖昧で婉曲な言い回し、物事を名指ししつつ、それに対応するイメージを喚起させないことを狙った決まり文句である。

例えば、日本語の「遺憾」。思っているようにいかず残念なことだが、政治家は「すみません」というべき場面で「遺憾です」と言う。「遺憾」は、「残念」の他に「申し訳ない」という意味を持つ多義語ではない。論点をぼやかし嘘をホントと思わせることを企図しているのだ。言葉を選ぶ時に「しっくりこない」という迷いがあるのは、「道徳的な贈り物である」と指摘する。決まり文句への拒絶が、敵意や差別意識を拡大させないことにもつながる。自分でもよくわかっていない言葉を振り回して自らや人を煙に巻いてはいけない。中身のない常套句で迷いを手っ取り早くやり過ごして思考を停止してはならない。言葉に携わる人間として、そうした倫理を大切にしたいと心から思った。


言葉の魂の哲学 (講談社選書メチエ)

言葉の魂の哲学 (講談社選書メチエ)

  • 作者: 古田徹也
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2018/04/27
  • メディア: Kindle版



nice!(5)  コメント(0) 
共通テーマ:

nice! 5

コメント 0

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:[必須]
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。