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暇と退屈の倫理学 [読書日記]

國分功一郎さんの「暇と退屈の倫理学」を読む。ハイデッガーやニーチェら哲学者の言葉を批判的に論じながら、暇と退屈が抱える問題点を探る。論理的な思考の進め方が明晰で楽しい。


動物と人間の違いを語る第6章の人間学が秀逸。動物にはそれぞれの視界があり、時間がある。「環世界」という概念で、生き物によって生きている空間や時間軸が変わるという考え方にいたく感動した。人間は「環世界移動能力」が高いという特徴があり、それが動物との違いであると指摘する。


人はいつしか「なんとなく退屈」して「気晴らし」を求める。退屈するのは贅沢であり、退屈する間もなく労働に汗を流す人もいる。ただ世界が平和で皆が豊かになればなったで(そんなことはあり得ないだろうが)、人は退屈し興奮を求めて争いの場を作り出す。結論は消費社会における現代人の退屈に言及する。人は消費ではなく、浪費をすべきで、それこそが気晴らしであるという。


暇と退屈の倫理学(新潮文庫)

暇と退屈の倫理学(新潮文庫)

  • 作者: 國分功一郎
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2021/12/23
  • メディア: Kindle版

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ボクの音楽武者修行 [読書日記]

今年2月6日に亡くなった世界のマエストロ小澤征爾の「ボクの音楽武者修行」を読了した。26歳の駆け出し指揮者だった小澤が綴った青春記。音楽が好きでクラシックの故郷ヨーロッパに単身乗り込む若き日の小澤青年、なんと純粋で瑞々しいことか。

今のように気軽に海外へ行けない昭和30年代。貨物船に乗せてもらい、上陸してからはスクーターでパリを目指す。決して裕福な家柄ではなく、金の工面などはいろいろと苦労したことなどを初めて知った。クラシックファンでなくとも知っているカラヤン、バーンスタイン、ミュンシャといった巨匠に教えを乞う。ブザンソン、タングルウッド、ベルリン、ニューヨークといった街のコンクールやオーケストラの指揮者として、ひたすらスコアを読み勉強する日々が綴られている。


指揮者によってオーケストラのアンサンブルの良し悪しが決まる。まさに棒振り屋の腕次第。久しぶりにクラシックを聞くかなと思ったりする。江戸京子(後の妻)、田中路子(欧州在住のオペラ歌手)、広中平祐(ノーベル賞の数学者)といった著名人との出会いも書かれていて興味深かった。


ボクの音楽武者修行 (新潮文庫)

ボクの音楽武者修行 (新潮文庫)

  • 作者: 小澤 征爾
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2024/04/09
  • メディア: 文庫

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アメリカ映画の文化副読本 [読書日記]

「アメリカ映画の文化副読本」(渡辺将人著)を読む。邦画が受賞した今年のアカデミー賞もあり、ハリウッドシネマ関連の一冊を手に取った。外国の映画と言えば、圧倒的に米国産が多い。でも、どのくらい米国社会のことを知っているかというと、意外と知らなかったりする。娯楽映画なら細かい設定は気にしないが、シリアスものだと結構「なぜ」というところがありながら、そこをすっ飛ばして鑑賞しているのだと思う。


例えば、ニューヨークのマンハッタンでも住む地区によって「人種」が違う。ハーレム、アップタウン、ミッドタウン、ダウンタウン。アップタウンでもセントラルパークを挟んで西と東で住人が違ってくる。映画では主人公がどこに住んでいるかが重要で、それによって社会での地位やライフスタイルの描き方が違ってくるという。若い時にニューヨークに行っておけば、もっとハリウッド映画が楽しめたのにと思ったりした。


今年は4年に一度の大統領選イヤー。米国という国はなくて、それぞれの州が小さなクニ。西海岸と東海岸では、文化はまるっきり違う。世界共通語である英語が母語である合衆国の人たちは外国語を習わないのが一般的で、そもそも外国語大学などはないという。外国語を知らなくてもビジネスで困ることはあまりない。習う人もスペイン、フランス、ドイツ語で小学校から英語を習う日本のようなことはない。そのことが米国人にとっていいことなのかどうかは分からないが。いろいろと紹介してあるハリウッド映画を今度の連休にでも見てみようかと思う。


アメリカ映画の文化副読本

アメリカ映画の文化副読本

  • 作者: 渡辺将人
  • 出版社/メーカー: 日経BP 日本経済新聞出版
  • 発売日: 2024/01/26
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)





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もう明日が待っている [読書日記]

放送作家の鈴木おさむ著「もう明日が待っている」を読む。あの国民的アイドルグループSMAPの誕生から解散までを小説仕立てで描く。彼らの近くにいたスタッフとして、親しみを込めてアイドルと、その時代を記録していて面白かった。


芸能好きなので、たまにこういった内幕モノめいた本を読みたくなる。鈴木おさむは今年でテレビの仕事から引退を宣言していて、タクヤと同い年の仲間としてスマスマを作り、彼らと並走した日々を一冊に残しておきたかったらしい。


ジャニーズ事件の「あの人」からの指示に逆らえず、解散に至ったエピソードが一番の読みどころ。月曜10時のバラエティ番組内での異様な生放送は記憶に残っている。再結成のウワサを聞く昨今、中年アイドルの復活はあるのだろうか?


もう明日が待っている (文春e-book)

もう明日が待っている (文春e-book)

  • 作者: 鈴木 おさむ
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2024/03/27
  • メディア: Kindle版



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君たちはどう生きるか [シネマ&演劇]

アカデミー賞長編アニメ部門でオスカーを獲得した宮崎駿監督の「君たちはどう生きるか」を遅ればせながら見に行く。ロングラン上映していたものの、上映時間が夜遅くなど日程が合わなかったが、アカデミー受賞で上映枠が拡大し、めでたく鑑賞の運びとなった。


戦争で疎開した少年・真人(まひと)の夏が描かれている。母親を空襲で亡くし父親は再婚、少年の複雑な思いが静かに語られる。テーマは大きくて生命の尊さとか、子孫とか、輪廻とかいう言葉が脳裏に浮かんだ。原作同名の岩波文庫の原作は読んでいないが、映画の原作・脚本も手がけた宮崎監督の哲学・思想がそのまま反映されているのだろうか。


地獄・天国に出てくるキャラは鳥がメーン。ルーツは恐竜と言われる鳥類はつぶさによく見ると結構グロテスクな部分もあったりする。そこをデフォルメして恐ろしかったり滑稽だったりするキャラを設定したのだろう。人気・実力俳優が声優として多く出演していて、エンディングロールを見ながらへえと思ったりした。


君たちはどう生きるか (岩波文庫 青 158-1)

君たちはどう生きるか (岩波文庫 青 158-1)

  • 作者: 吉野 源三郎
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 1982/11/16
  • メディア: 文庫
漫画 君たちはどう生きるか

漫画 君たちはどう生きるか

  • 出版社/メーカー: マガジンハウス
  • 発売日: 2017/09/19
  • メディア: Kindle版
君たちはどう生きるか (ポプラポケット文庫)

君たちはどう生きるか (ポプラポケット文庫)

  • 出版社/メーカー: ポプラ社
  • 発売日: 2023/09/29
  • メディア: Kindle版
スタジオジブリ絵コンテ全集23 君たちはどう生きるか (スタジオジブリ絵コンテ全集 23)

スタジオジブリ絵コンテ全集23 君たちはどう生きるか (スタジオジブリ絵コンテ全集 23)

  • 作者: 宮﨑駿
  • 出版社/メーカー: 徳間書店
  • 発売日: 2023/11/01
  • メディア: 単行本



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東大生と学ぶ語彙力 [読書日記]

難しいことをやさしく書いてあるので、たまに読むジュニア新書。ちくまプリマー新書の「東大生と学ぶ語彙力」(西岡壱誠著)を読む。常々、小さい頃から外国語を学ぶより、まず日本語の語彙の力こそ付けるべきだと考えている。この本は受験を制するにも問題文を正しく読み解く語彙力が必要だと説く。その通りだと思う。


数学に苦手意識がある自分。今でも必要条件と十分条件、数学的帰納法と演繹法という話を聞くと、モヤモヤする。たぶん、その言葉が出てきた時にキチンと理解していれば理系に進んだろうにと、今更ながら思う。必要十分条件では、豆腐料理の話で、帰納法と演繹法は野菜好きの話で分かりやすく解説してある。


得意の社会でも食糧と食料の違い(食糧は主食、食料はその他の食べ物も含む)を再確認したし、歴史というのは結局は領土の奪い合いがテーマになっていると指摘され、確かにと頷く。日本語の小説を英語に訳す勉強法でもっと語彙力が高まるという話を読み、かつてフランス語を勉強して日本語の言葉の奥深さを感じたことを思い出した。古語の「こころ」という言葉の多様性も頭に残った。古語辞典を久しぶりに開いた。


東大生と学ぶ語彙力 (ちくまプリマー新書)

東大生と学ぶ語彙力 (ちくまプリマー新書)

  • 作者: 西岡壱誠
  • 出版社/メーカー: 筑摩書房
  • 発売日: 2023/12/07
  • メディア: Kindle版

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マティス展とローランサン展 [アート]

六本木の国立新美術館で「マティス展」を見た。「ブルー・ヌード(青い人)」に代表されるデザイン性の高い作品。「自由なフォルム」は最近の自分の気分にぴったり。こうでなければならない、という拘りを捨てて毎日を過ごす。そんな気持ちをマティスの作品は呼び起こしてくれた。
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多くの作品が撮影可で油彩から切り紙絵に変わっていくさまを理解できた。てっきり絵の具だったと思っていた作品が色紙を貼り付けた絵だったとは。モダンな帯のような柄の大きなデザイン。記念に買ったシークレット・ポーチはそのデザインだった。マティスがデザインしたヴァンスのロザリオ礼拝堂も再現されていた。
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東京滞在中には、京橋のアーティゾン美術館であっていた「マリー・ローランサン 時代を写す眼」展も見た。久しぶりのローランサン。柔らかなタッチと明るい色使いがパリの空気を伝える。ミラボー橋の歌詞を口ずさむ。二日酔いの少しだるい心身をやさしく包み込んでくれるようだった。
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アン・サリー Live at 能楽堂「緑光憩音」 [ミュージック]

アン・サリー Live at 能楽堂「緑光憩音」を表参道の銕仙会(てっせんかい)能楽研修所で聞いた。能の舞台でライブというのは初めての経験。歌い手と観客の距離が近く、いい感じで盛り上がった。


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ジャズから昭和の歌謡曲、ポップスまで、オリジナルも含めて、澄んだボーカルで歌い上げる。独特のコブシのようなアクセントが曲に表情を与える。フーテンの寅さんや、銀河鉄道999もアン・サリー風に料理してしまう。999ではついグッと来て涙ぐんでしまった。


1時間半で10数曲くらい。アンコールは、最初に買ったアルバムに入っていた蘇州夜曲。内科医として現役で診療する傍ら、ライブをこなす。歌うことがきっと自らの癒しにもなっているのだろう。連休の初日に歌の診療所で気分のいい時間を過ごすことができた。


Bon Temps [Analog]

Bon Temps [Analog]

  • アーティスト: アン・サリー
  • 出版社/メーカー: ディスクユニオン
  • 発売日: 2022/12/03
  • メディア: LP Record
はじまりのとき [Analog]

はじまりのとき [Analog]

  • アーティスト: アン・サリー
  • 出版社/メーカー: ディスクユニオン
  • 発売日: 2022/12/03
  • メディア: LP Record
ヴォヤージュ

ヴォヤージュ

  • アーティスト: アン・サリー
  • 出版社/メーカー: ビデオアーツ・ミュージック
  • 発売日: 2001/10/24
  • メディア: CD


 

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中村仲蔵〜歌舞伎王国 下剋上異聞 [シネマ&演劇]

藤原竜也主演の舞台「中村仲蔵〜歌舞伎王国 下剋上異聞」を池袋のブリリアホール(豊島区立芸術文化劇場)で見た。血筋がモノをいう歌舞伎の世界で実力でスターの地位をつかんだ男の物語。今も引き継がれる團十郎や勘三郎といった大看板の役者たちが登場人物として出てきて、伝統芸能の歴史つなぐ厳しさを考えたりした。


相変わらずの藤原の熱演。市原隼人、高嶋政宏らが脇を固めた。「好きな芝居が出来ないなら、生きる意味がない」といったセリフは藤原自身の役者魂と被って見えた。舞踊もしっかり練習したのだろう。堂にいった出来栄えだった。


源孝志脚本、蓬莱竜太演出。講談やドラマにもなった話らしいが、迂闊にも知らなかった。歌舞伎の演目や役者に詳しければ、2倍楽しめる舞台だと思った。


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天才バカボンのパパなのだ [シネマ&演劇]

下北沢演劇祭で「天才バカボンのパパなのだ」(本多劇場)をみた。バカボンは、いわずと知れた赤塚不二夫のギャグ漫画の傑作だが、芝居の脚本は別役実。不条理劇の大家がどんな本を書いたのか。構えて見たが、抱腹絶倒の舞台だった。


簡単に言えば、国の治安を守り国民に対しても親切な(でも実は偉そうな)警察官をバカボン一家がおちょくる話。権力を相手に回した庶民の抵抗と位置付けられないことはないが。ただ、バカボンのパパもママもバカボンも皆マジメ。マジメにふざける、メチャクチャなことをするのだ。堪忍袋の緒が切れた署長はついに銃を抜き・・・


以前、別役の不条理劇に出演していた俳優の高田聖子さんがすぐ近くの席で観劇していて、びっくり。でも最近は舞台でバカなことを描いても、現実が結構バカなことが多いので舞台の人も大変なのではないか。でも、昭和のギャグ漫画をタイトルにした舞台はちっとも昭和くさくなくパワー全開で楽しかった。


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オデッサ [シネマ&演劇]

三谷幸喜作・演出の「オデッサ」を福岡・キャナルシティ劇場でみた。推しの宮澤エマが警部役で通訳に柿澤勇人、犯人役に迫田孝也という配役。3人の登場人物が2つの言語を話し、一つの真実に迫る。英語と日本語(薩摩弁)の掛け合いの面白さ。上質のコメディだった。


テキサスのオデッサという田舎町が舞台。ウクライナのあのオデッサに居たロシア人が米国に渡り、開拓した村という。ロシアによるウクライナ侵攻が続く中、深読みすれば、言語の違いによる意思疎通の難しさや、文化・考え方の違いをコメディ仕立てで表現したとも言えるが、「まあ硬いこと言わずに笑えればいいじゃん」という感じで1時間45分を楽しんだ。


大河ドラマでの宮澤とは打って変わって、ネイティブ英語ペラペラの舞台(英語セリフ監修も務める)。逐一、舞台のバックに日本語訳が出て、なんとか事態を切り抜けよう、誤魔化そうとする「にわか通訳」とのやりとりがテンポがいい。鹿児島出身という想定の犯人役・迫田は実際に鹿児島生まれで、ネイティブの薩摩弁(特に独特のアクセント)が効果的だった。三谷のオープニング挨拶も調子に乗って鹿児島弁でねっとりとスピーチ。何もかも計算されたセリフ回しが素晴らしかった。


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コロナと潜水服 [読書日記]

奥田英朗の短編集「コロナと潜水服」を読む。何かストーリーが読みたいと思った時は、最近は奥田英朗。たまたま読んでない短編集があり、メルカリで手に入れて読んだ。


タイトルになっている作品は、まさにコロナ自粛期間の真っ只中に書かれた一編。どこで感染るかわからない未知のウイルス。世界がパニックになった4年前を思い出す。読みながら、忘れていた不安な気持ちが蘇ってきた。考えてみれば、あの時の在宅ワークはすっかり会社に定着し、ズーム会議、ズーム飲みも普通になった。作品を読みながら、過去のこととしてコロナの時代を読んでいるのだ、客観視できるようになったのだと時の流れを感じたし、感染症と戦ってきた人類の歴史、人類のしたたかさを改めて思ったりした。


どの作品も日常生活でありそうなシチュエーションを「奇想」でもって、予想外の方向へ展開していく。でも最後は、「そうだよね」という暖かなところにおさまる。真っ当な人生の考え方、愛のあるストーリーテラーだと思った。


巻末に作品中に出てくる楽曲のプレイリストが付いていた。QRコードを読み込むと、Spotifyに飛び曲のさわりが聞けるという趣向。面白い試みだと思った。


コロナと潜水服 (光文社文庫)

コロナと潜水服 (光文社文庫)

  • 作者: 奥田 英朗
  • 出版社/メーカー: 光文社
  • 発売日: 2023/12/12
  • メディア: Kindle版

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イプセン [読書日記]

井上ひさしの戯曲講座「芝居の面白さ、教えます」<海外編>のイプセンの項を読む。近代演劇の始祖、問題演劇を書き始めた人と言われるノルウェーの劇作家。近年海外でも再評価が進み、舞台で上演される演目が増えているという。


演劇とは、という問いに対する言葉がいくつか。

・私たちが見ないで済ましていることや、見ようとしても見えないものを舞台にしたり小説に書いたり絵で描いたりすると、それを見たり聴いたりした人たちは、自分の心の奥の方にあって、普段はなるべく見ないようにしていることに気づかされる。

・演劇の本質というのは、今の社会で生きている人たちが持っている心の中の、何か見ないふりをしている大事な問題を舞台に出すこと。手法はあまり関係ない。


「ヘッダ・ガーブレル」と「人形の家」を題材に講釈が進むが、導入部の見事さを絶賛し、芝居をやる人はお手本にすべきだと指摘する。イプセンの「市民の家庭の中から社会の問題を書く」というスタンスが、当時の演劇界では新しかった。それは今も変わりがない。


「レトロスペクティブ・テクニック」=懐古分析法は、登場人物の履歴・過去を細かく設定しておき、その中から必要なものだけをバラバラにして舞台の会話の中に当てはめていく手法。演劇的アイロニーという言葉も知った。


目標がないと人間は生きられない。しかし、その目標を達成すれば幸せかというと、必ずしもそうではない。こうした自己実現というのは不毛なのか。「人形の家」では、そうした時代の病とも言えるテーマを掲げている。女性の自立の物語として読まれることが多いが、それだけではない。


人形の家(新潮文庫)

人形の家(新潮文庫)

  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2024/02/10
  • メディア: 文庫
ヘッダ・ガーブレル (岩波文庫 赤 750-5)

ヘッダ・ガーブレル (岩波文庫 赤 750-5)

  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 1996/06/17
  • メディア: 文庫

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旅する哲学 大人のための旅行術 [読書日記]

「旅する哲学 大人のための旅行術」(アラン・ド・ボトン著、安引宏訳)を読む。長いこと書棚にあったが、ついに読む時が来た。ボードレールやフロベール、フンボルト、ワーズワース、ゴッホ、ラスキンら先達の旅の作品を綴りつつ、著者自らも旅に出て、そのあり方を考える。哲学と言っても難しい話ではなく、より楽しい旅の流儀を提案する一冊だ。


<旅の効用>

・旅は思索の助産婦である。移動中のジェット機や船や列車ほど、心の中の会話を引き出す場はまずない。大問題を考えるときはしばしば大きな風景が求められ、新しいことを考えるためには新しい場が必要になる。内省的なもの思いは、流れゆく景色とともに深まりやすい。

・私たちが本当の自分に出会うのに、家庭は必ずしもベストの場とは言えない。家具調度は変わらないから、私たちは変わらないと主張する。家庭的な設定は私たちを普通の暮らしをしている人間であることに繋ぎ止め続ける。普通の暮らしをしている私たちが、私たちの本質的な姿ではないかもしれないのだ。

<ラスキンの指摘>

実に美しいと心を打つ場所の多くは、美学的な規準(色彩の適合性、左右対称、均衡が取れているなど)に基づくのではなく、心理的な規準(私たちにとって重要な価値、あるいは雰囲気を備えているかどうか)に基づく。


随所にアンダーラインを引きたくなる指摘が溢れている。それにしても人がまだ自由に地球を動き回れなかった頃、ヨーロッパ人にとっての新大陸を探検し、次々と未知のものを「発見」した探検家・研究者たちの楽しさと言ったら言葉に表せないだろう。南米を踏査したフンボルトの話を読んで特に羨ましく思った。


目的もなく彷徨うのが都市を知る一番の方法、カメラよりスケッチブックを持っていこう、一人で旅をしよう。どこかに今すぐにでも行きたい!!


旅する哲学 ―大人のための旅行術

旅する哲学 ―大人のための旅行術

  • 出版社/メーカー: 集英社
  • 発売日: 2004/04/05
  • メディア: 単行本


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詩の力 [読書日記]

吉本隆明の「詩の力」を再読する。文庫本の奥付によると、10年以上前に読んだらしいが、内容はすっかり忘れていた。ただ、茨木のり子や谷川俊太郎のページにドッグイヤーがあり、この本をきっかけに詩集に手を出したんだったっけと記憶を辿る。


どちらかというと(というか、はっきり言って)散文頭なので、詩心はない。でも、吉本の批評を読んでいると、詩を読んでみようかという気になる。暗喩(隠喩)は、描く対象を直接に他のものに例える表現方法(例えば、君は花だ)、直喩は二つの事物を比較して示す修辞法(例えば、雪のような肌)といった基本のキから学ぶ。


熊本生まれの谷川雁は、西日本新聞記者出身。森崎和江、上野英信らと「サークル村」を創刊し、三池闘争に加わり革命戦士として戦った。背景にイデオロギーを持った迫力ある詩に目を見張った。また時を置いてページを開けば、新たな発見があるかもしれない。そんな一冊である。


詩の力 (新潮文庫)

詩の力 (新潮文庫)

  • 作者: 隆明, 吉本
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2008/12/20
  • メディア: 文庫

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日本の一文 30選 [読書日記]

岩波新書「日本の一文 30選」(中村明著)を読む。夏目漱石から村上春樹まで文壇の著名作家の文章を取り上げ、その表現テクニックを探る。自ら作家に取材した話も多く「へえ」と驚くエピソードもあった。古今の作家の読書案内としても読めた。


作家ではないが、小津安二郎監督作品「東京物語」のセリフも取り上げてある。妻を失った主人公が遠い海を眺めながら「一人になると急に日が永ごうなりますわい」と漏らすシーン。現代人が失った寡黙の感情表現を表す例として挙げる。


初めに読者をおやっと思わせる奇先法、最後にクライマックスを導く漸層法などレトリックの解説や、短編に同じ言葉が出てくるのは興醒めとして同語の繰り返しを避ける文章上のオシャレ=美意識がかつてはあったことに、作家のプロ意識を感じる。川端康成「雪国」の有名な冒頭「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった」は、「こっきょう」ではなく「くにざかい」と読むという説。書いた作家は朗読のことは考えずに書いているらしく、日本語ならではの曖昧さも日本文学の魅力の一つになっていると思う。


日本の一文 30選 (岩波新書)

日本の一文 30選 (岩波新書)

  • 作者: 中村 明
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 2016/09/22
  • メディア: 新書

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会田誠が考える新しい美術の教科書 [読書日記]

かつて愛読していた芸術新潮が2月号で「会田誠が考える新しい美術の教科書」という特集をやっていた。会田誠はかつて六本木・森美術館で結構ショックな回顧展を見て、高価なカタログを買おうかどうか迷った思い出がある。そんなわけで久々に芸術新潮を買う。


中学2年生に教える感じでやさしくアート(主に現代美術)の現状を解説する。美術に政治を持ち込もう、美術から性のいろいろを学ぼう、美術でバカ[黒ハート]?万歳など、文科省検定の教科書では触れない部分を大胆に紹介する内容。もちろん中学生は建前なので、大人向けで面白く読めた。美術は美術館の外へ出ていき、便器の展示で有名なマルセル・デュシャンが現代美術(前衛)の起源となったことなど基礎知識を学べた。


ドイツのカッセルという田舎町で開かれる「ドクメンタ」という大規模美術展が20世紀後半の美術の一側面を代表する重要イベントになった。「ZINE」という個人や少人数の有志が非営利で発行する自主的な出版物が広がっていて、自分の個人的な思いや考え、主張を自由な形式で反映した小冊子が都内の書店でも一角を占めているという。歴史と新たな動きを知り、アートの今を探訪してみたくなった。


芸術新潮 2024年2月号

芸術新潮 2024年2月号

  • 作者: 芸術新潮編集部
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2024/01/25
  • メディア: 雑誌



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ハムレット [読書日記]

シェークスピアの「ハムレット」を読む。AmazonのKindleで角川文庫の新訳版で問題の有名な独白は、最も人口に膾炙している「生きるべきか、死ぬべきか、それが問題だ」を採用している。

2003年世田谷パブリックシアターなどで公演された野村萬斎主演のハムレット用に新たに河合詳一郎さんが訳した。舞台でセリフ回しがリズミカルに行くように野村萬斎が手を入れて台本が完成したという。確かに日本語がこなれていて、舞台の情景が頭によく浮かんだ。
演出はジョナサン・ケント、野村萬斎がハムレット王子で吉田鋼太郎が敵役の叔父クローディアス国王。絵画で題材になってきたオフィーリアの身投げの経緯も初めて知った。久しぶりに古典に触れた。
新訳 ハムレット (角川文庫)

新訳 ハムレット (角川文庫)

  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2012/10/01
  • メディア: Kindle版

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芝居の面白さ、教えます 井上ひさしの戯曲講座<海外編> [読書日記]

井上ひさしさんの戯曲講座、面白かったので「海外編」も読む。最初に取り上げたのは、かの有名なシェイクスピア。例によって様々な方向へ脱線しながら蘊蓄を存分に語る。読めば、「いや、演劇は素晴らしい」と思う。


シェイクスピアの生没年は、ヒトゴロシ(1564)イロイロ(1616)と覚える。ただ、ウィリアム・シェイクスピアという人物が本当にいたのかどうか、実はわからないのだとか。古来、フランシス・ベーコン、クリストファー・マーロウなど別人説がいくつも語られてきたという。作品はいくつかのプロットが同時に進行し、最後には全てが見事に解決する。井上さんは「ハムレット」とチェーホフの「三人姉妹」を挙げて、世界演劇史の奇跡としている。


To be,or not to be,that is the question.ハムレットの有名な独白は何と訳すべきか。坪内逍遥以来、福田恒存、小田島雄志ら多くは「生きるべきか、死ぬべきか、それが問題だ」としているが、井上さんは前後の文脈から「成り行きに任せるか、それとも自分で動き出すか、それが問題だ」と訳すのが正解ではないかと言っている。ハムレット、ちゃんと読んでみよう。


芝居の面白さ、教えます 海外編

芝居の面白さ、教えます 海外編

  • 作者: 井上 ひさし
  • 出版社/メーカー: 作品社
  • 発売日: 2023/07/19
  • メディア: 単行本

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友達 [読書日記]

安部公房の戯曲「友達」を読む。男の部屋にいきなり押しかけてきた9人の家族が、善意に満ちた笑顔で隣人愛を説き男を翻弄する。谷崎潤一郎賞受賞の作品。


「一人でいたい」という男に「人は一人で生きていけないんだよ」と、お節介な心配をする押しかけ家族。最初は抗っていた男は次第に「世間」という同調圧力に飲み込まれていく。作品が執筆された頃は、同調圧力という言葉は一般的ではなかったろうが、他者との関係をテーマにそういった現代の不安を描いたのは間違いない。「逆らいさえしなければ、私たちはただの世間にしかすぎなかったのに」。ドス黒い笑いで幕が下りる。


戯曲を読む経験はあまりしたことはなかったが、安部公房の戯曲は小説っぽいところがあり、すんなり頭に入ってきた(井上ひさしはこの安部作品について戯曲としては不満と書いていたが)。この何年か、結構、演劇を見てきたので、ト書きから舞台を想像できた。


友達・棒になった男 (新潮文庫)

友達・棒になった男 (新潮文庫)

  • 作者: 公房, 安部
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 1987/08/28
  • メディア: 文庫

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