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夕暮れの時間に [読書日記]

先日亡くなった山田太一さんのエッセイ集「夕暮れの時間に」を読む。男たちの旅路、ふぞろいの林檎たちといったドラマで時代を映してきた脚本家。数ある著作の中でタイトルに惹かれてKindleで読んだ。

河出文庫の巻末に病気退院後のインタビューがあり高齢者になってからの文章と知る。これまでの仕事にまつわる話や出会った人々、書評が主な内容。静かで穏やかで遠慮深い人柄が表れていた。全編に言葉へのこだわり、脚本家だけに誰かが喋って頭に残っているという一節が載っていて、つい書き留めたくなるフレーズがいくつか。以下に記す。

小津安二郎の確信(中野翠がいう)
人の心の、人の世の、ダークサイドにばかり真実がひそんでいるのではない、キレイゴトの中の真実を描くほうが案外難しいんじゃないか

物語と小説の違いは、小説には人生があり物語にはない。
物語はありそうもない話の楽しさがあり、そこに込められる寓意、端的な人生の要約もある
小説は「ありそうもない話」も、人生の細かな本当を積み上げて「ありそうな話」にしてしまう装置である(パトリス・ルコントの「ぼくの大切なともだち」に関連して)

吉野弘
魂のはなしをしましょう
魂のはなしを!
なんという長い間
ぼくらは魂のはなしをしなかったんだろう

永井荷風の言葉
中年のころから子供のないことを一生涯の幸福と信じていたが、老後に及んでますますこの感を深くしつつある
生きている中、わたくしの身に懐かしかったものはさびしさであった。さびしさの在ったばかりにわたくしの生涯には薄いながらにも色彩があった


夕暮れの時間に (河出文庫)

夕暮れの時間に (河出文庫)

  • 作者: 山田太一
  • 出版社/メーカー: 河出書房新社
  • 発売日: 2018/05/25
  • メディア: Kindle版



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イケズな東京 [読書日記]

昔からファンの井上章一さんの新書「イケズな東京」を読了。建築史家である井上さんと、東京在住で京都市美術館長の建築家・青木淳さんのリレーエッセイと対談を収録した一冊。コロナ禍の3年に新聞に掲載されたエッセイに、後で対談を加えた形だが、息苦しいコロナ自粛の日々を思い出しながら読んだ。

コロナの頃に言われたのは、在宅リモートでの仕事が定着し大都会東京に本社を置く意味はない。企業の地方分散がリードする形で、皮肉にも東京一極集中是正が進むのではないかということだった。その点について井上さんは、歴史的な観点から事はそう簡単ではないと指摘する。かつて大名が天守閣を建て威厳を示したように、企業も東京に城を持つことがステイタスであり、その風潮は簡単には崩れないだろうという。

東の京である東京を、古からのみやこ京都と比較しながら、都市開発のレガシーにも話が及ぶ。五輪はもともとパリ万博の余興として始まったという蘊蓄になるほどと思う。昨今は五輪の方が万博より注目される世界イベント。今や最先端技術の発表の場は万博ではなく、アップルやトヨタのようにそれぞれの企業がネットで世界に配信する時代になった。注目度もすっかり落ちている中で、本当に2度目の大阪万博をやる意味はあるのか。パリは万博で作られた街を大事に育んできた。次のパリ五輪では、その施設、街全体を会場にして競技を行う計画だ。大勢の人ではなく、好きな人たちが好きな競技を見る。ベルサイユ宮殿で馬術が行われる、その背景が歴史的遺産。新たな施設を作りまくった東京五輪より、一歩先を行っているなあ。


イケズな東京-150年の良い遺産、ダメな遺産 (中公新書ラクレ 751)

イケズな東京-150年の良い遺産、ダメな遺産 (中公新書ラクレ 751)

  • 出版社/メーカー: 中央公論新社
  • 発売日: 2022/01/07
  • メディア: 新書



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マイ仏教 [読書日記]

敬愛するみうらじゅんさんの「マイ仏教」を読む。生き方の流儀、楽な気持ちで過ごす術が「みうら流」の語り口で綴られている。仏像ファンとは知っていたが、小さい頃から仏像好きでお坊さんになりたかったとは知らなんだ。筋金入りの仏教徒なのだった。

人生は苦。世は諸行無常。だけど、そこがいいんじゃない!
「そこがいいんじゃない!」と自ら呟き、人生を歩んできたと明かす。本人は悟りには遠いと宣うが、いやどうしてどうして。なかなかの強者ですよ。街角般若心経といった取り組みも、その真意を知り、なるほどと思った。

・マイブームに限らず、音楽でも文学でも美術でも、「何かを発表する」という「自分売買」を伴う行為は全て「機嫌をとる」ことから逃れられない。「人に何かを見せたい」という行為と「機嫌をとる」という行為にさほどの違いはない。

・モノマネは「自分なくし芸」。自分探しより自分なくし。自分をなくすと、機嫌をとるを同時にできている。

・言葉を上手に使ってポジティブになる。苦しい時も「そこがいいんじゃない!」と唱え、言葉で脳を洗脳していく。不安なときには「不安タスティック!」。自分だけの念仏を唱える。

表現者として生きる自分にとって、よき指針となる一冊となった。


マイ仏教 (新潮新書)

マイ仏教 (新潮新書)

  • 作者: みうらじゅん
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2012/07/01
  • メディア: Kindle版



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ハンチバック [読書日記]

遅ればせながら、市川沙央さんの第169回芥川賞受賞作を読む。筋疾患先天性ミオパチーによる症候性側彎症の作者が自らの生活を題材に常日頃思っていること、頭の中の考えを文章に叩きつけた作品だ。100ページ足らずの短編だが、この病気を患っていない人にはわからない苦しさ、体が思うように動かないもどかしさがひしひしと伝わってくる。

作品によると、人工呼吸器を使い電動車椅子で移動する。喉に痰が詰まらないように常に気を付けながら、創作活動を行うのだろう。ケアする人がいるとはいえ、在宅のためスタッフの都合が付かなければ、シャワーも使えない思いをする。障害がある人のケアをするスタッフの人材不足はとても深刻なのだ。

「生まれ変わったら高級娼婦になりたい」という主人公。障害があるなしに関係なく、誰もが平等に暮らせる世の中はまだまだ遠い。ダイバーシティという言葉が日本語に定着するのはいつのことだろう。そんなことをつらつらと考えたが、作者が言いたかったのはこんなことではなかったのだと思う。「せむし」というタイトルからして、自虐的な構えをしながら、世間に一発食らわせる企みがあったのではないか。


ハンチバック (文春e-book)

ハンチバック (文春e-book)

  • 作者: 市川 沙央
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2023/06/22
  • メディア: Kindle版



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13歳からの地政学 [読書日記]

ウクライナにパレスチナ、世界で相次ぐ戦争。地球儀を見ながら地政学という「ものさし」で世界を見る。国際政治の基本のキ、地理的な条件を基礎として世界のパワーゲームを改めて考えるのに、わかりやすい一冊だった。

内向きな、ドメスティックな考えだけではだめ。誰もが世界のことを自分ごととして捉えてほしい。でも、その前に厳しい現実、生活があるんだよなあ。

パワーバランスという言葉がかつてよく使われた。米ソ冷戦から米国1強、多極化、中国の台頭。世界は混沌としている。日本は「大国」の一つであり、世界では少数派の「加害国」でもある。世界の多くの国からそんな目で見られている面もあるとの指摘には、なるほどと思った。


13歳からの地政学―カイゾクとの地球儀航海

13歳からの地政学―カイゾクとの地球儀航海

  • 作者: 田中 孝幸
  • 出版社/メーカー: 東洋経済新報社
  • 発売日: 2022/02/25
  • メディア: Kindle版



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土を喰らう日々 [読書日記]

「わが精進十二カ月」という副題がつく、水上勉の料理にまつわるエッセイ。沢田研二と松たか子の出演で映画になったが、見損なった。その原作ということで文庫本を手に取った。

水上勉という作家は知っていても作品を読んだ記憶がない。子どもの頃は京都のお寺で小僧さんをやっていて、その際に精進料理をしっかりと教え込まれたという。近くの野山で取れるものをいかに使って、目新しい料理を作るか。軽井沢に一人住み、その土地のものを美味しくいただくライフスタイルが静かで穏やかで、土の匂いのように懐かしく心地よかった。

季節ごと、12ヶ月の章に分けて書かれているが、気になったのは、大根の浅漬けと、じゃがいもをすり鉢で擦ったサラダ。何かの折に家でも作ってみるかと思った。




土を喰う日々―わが精進十二ヵ月―(新潮文庫)

土を喰う日々―わが精進十二ヵ月―(新潮文庫)

  • 作者: 水上 勉
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2016/10/07
  • メディア: Kindle版



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街とその不確かな壁 [読書日記]

村上春樹の久しぶりの新刊「街とその不確かな壁」をようやく読了した。春に買っていたのになかなか手がつかず、今年のノーベル文学賞の発表日に合わせるように読み終えた。新聞では受賞を予想した特集もちらほら見かけたが、結局今年も空振りだった。ベケットの再来と呼ばれる北欧の劇作家に掻っ攫われた。

若い頃に書いた中編を書き直したという作品。世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランドの世界をさらに書き込んだという。若い頃にはまだ書ききれなかったが、作家として熟練を重ね、ついに納得のいく作品に仕上がったと、新聞のインタビューでは述べていた。

現実と虚構が入り混じった世界。村上の作品にはよくある。これも現実の問題を浮かび上がらせる(炙り出す)ために虚構のもの(夢の世界)を敢えて持ってくるのだという。自我と影、死者と生きている私たち。過去と現実と未来。いろいろな思いが胸に去来する作品だった。


街とその不確かな壁

街とその不確かな壁

  • 作者: 村上春樹
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2023/04/13
  • メディア: Kindle版



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ジュリーがいた 沢田研二、56年の光芒 [読書日記]

永遠のスーパースター、ジュリーの半生記。カラオケで「勝手にしやがれ」を持ち歌としてきた身としては、読んでおかねばと手にとる。すぐにアーティストぶる輩が多い中、芸能人を全うしている奴が好き。ジュリーはその代表格であり、時代を創り、伝説を残し続けている。この島崎今日子さんのノンフィクションを読んでさらにファンになった。

「理屈をこねるよりも、与えられた状況の中でやっていく方が好き」だから、仕事なので頑張る、まな板の鯉でいる方がいいという。なんか潔いよね。印象に残っているドラマ「悪魔のようなあいつ」、映画「太陽を盗んだ男」。
彼は空虚を超えていく情熱を信じていた。しらけてるだけじゃなく、それを一生懸命生きて超えていこうというメッセージこそが彼を輝かせていた。
なるほどと思った。

再婚相手の田中裕子。彼女の生き方に感化されている。
相手の価値観を内面化し、刺激しあって視野や世界を広げていくのは、結婚や恋愛や友情、他者との関係において「理想型」である。
そうだよね。我が身を振り返り、そうありたいと思った。



ジュリーがいた 沢田研二、56年の光芒 (文春e-book)

ジュリーがいた 沢田研二、56年の光芒 (文春e-book)

  • 作者: 島﨑 今日子
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2023/06/12
  • メディア: Kindle版



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コメンテーター [読書日記]

奥田英朗の「コメンテーター」を読む。久々のドクター伊良部シリーズ復活。メルカリで単行本を買い、一気読み。伊良部ワールドに浸った。

変態精神科医の伊良部とサディスティックな女王様風看護師マユミの名コンビ。コロナ禍で心の病を抱えた人たちがドクター伊良部の診療科の門を叩く。まさに戦時中のように行動を制限されたコロナ禍の3年間。引きこもり生活をせざるを得ない人たちの日常をネタに短編が編まれた。赤面症とか、広場恐怖症とか、現代的な心の病を、一見突飛な行動療法で治療していく。

今回、看護師のマユミがロックバンドを率いていることを知る。クールビューティーな感じが素敵。現代人の心の闇を、ユーモアたっぷりのキャラに包んで、エンタメ小説に仕上げている。いやいや、奥田英朗は面白いなあと、改めて感心する。


コメンテーター ドクター伊良部 (文春e-book)

コメンテーター ドクター伊良部 (文春e-book)

  • 作者: 奥田 英朗
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2023/05/11
  • メディア: Kindle版



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絵画で読む「失われた時を求めて」 [読書日記]

語り手(プルースト自身)と関わる人たちや作品に出てくる土地や芸術作品などを図版で示してくれるガイド本。著者の吉川一義さんは「失われた時を求めて」の研究者で、豊富な知識をもとに作品に付されている膨大な訳註について実際の絵画を示しながら作者の意図を解説する。

作品を読みながら適宜この本を参照して、イメージを膨らませることができた。スワンやジルベルト、アルベルチーヌ、シャルリュス男爵、オデット、ゲルマント公爵といった主要な登場人物には、モデルとされる肖像画があった。図版69点収載。

ただ解説は岩波文庫版をもとに書かれている。集英社文庫版とは若干、篇のタイトルが異なっていたりして、翻訳の仕方によって印象も変わったりするのかなと考えたりした。


カラー版 絵画で読む『失われた時を求めて』 (中公新書 2716)

カラー版 絵画で読む『失われた時を求めて』 (中公新書 2716)

  • 作者: 吉川 一義
  • 出版社/メーカー: 中央公論新社
  • 発売日: 2022/09/20
  • メディア: 新書



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