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コメンテーター [読書日記]

奥田英朗の「コメンテーター」を読む。久々のドクター伊良部シリーズ復活。メルカリで単行本を買い、一気読み。伊良部ワールドに浸った。

変態精神科医の伊良部とサディスティックな女王様風看護師マユミの名コンビ。コロナ禍で心の病を抱えた人たちがドクター伊良部の診療科の門を叩く。まさに戦時中のように行動を制限されたコロナ禍の3年間。引きこもり生活をせざるを得ない人たちの日常をネタに短編が編まれた。赤面症とか、広場恐怖症とか、現代的な心の病を、一見突飛な行動療法で治療していく。

今回、看護師のマユミがロックバンドを率いていることを知る。クールビューティーな感じが素敵。現代人の心の闇を、ユーモアたっぷりのキャラに包んで、エンタメ小説に仕上げている。いやいや、奥田英朗は面白いなあと、改めて感心する。


コメンテーター ドクター伊良部 (文春e-book)

コメンテーター ドクター伊良部 (文春e-book)

  • 作者: 奥田 英朗
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2023/05/11
  • メディア: Kindle版



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絵画で読む「失われた時を求めて」 [読書日記]

語り手(プルースト自身)と関わる人たちや作品に出てくる土地や芸術作品などを図版で示してくれるガイド本。著者の吉川一義さんは「失われた時を求めて」の研究者で、豊富な知識をもとに作品に付されている膨大な訳註について実際の絵画を示しながら作者の意図を解説する。

作品を読みながら適宜この本を参照して、イメージを膨らませることができた。スワンやジルベルト、アルベルチーヌ、シャルリュス男爵、オデット、ゲルマント公爵といった主要な登場人物には、モデルとされる肖像画があった。図版69点収載。

ただ解説は岩波文庫版をもとに書かれている。集英社文庫版とは若干、篇のタイトルが異なっていたりして、翻訳の仕方によって印象も変わったりするのかなと考えたりした。


カラー版 絵画で読む『失われた時を求めて』 (中公新書 2716)

カラー版 絵画で読む『失われた時を求めて』 (中公新書 2716)

  • 作者: 吉川 一義
  • 出版社/メーカー: 中央公論新社
  • 発売日: 2022/09/20
  • メディア: 新書



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失われた時を求めて〜見出された時 [読書日記]

「失われた時を求めて」第7篇「見出された時」を読了した。文庫本で全13巻、10カ月がかりの読書体験。最終篇では作者プルーストの文学への思いが語り手が語る芸術論、文学論の形で示される。

「鳥の目」で自らの生涯を見渡し、出会った人たちとの交流を微に入り細に入り「虫の目」で描く。会話の中では、欧州を中心に古今東西の歴史、哲学、文学、美術、音楽が散りばめられ、当時のパリの社会情勢や最先端の風俗が場面を彩る。フランスを中心とした欧州の歴史やフランス語の知識がないと理解が及ばないシーンも多々あった。自ら3度目の挑戦でやっと読み通したが、フランスに語学研修に行ったり、歴史的な国際政治の流れを学んだりした経験があったからこそ、理解力が高まり何とか最後まで放り出すことがなかったのではないかと自己分析している。

この作品が公に出たのは第一次世界大戦後のこと。現代の視点から思うのは、同性愛が作品の主テーマの一つになっていて、当時の日本を思い浮かべると、文化状況の違いというものを強く感じた。

私たちがある時期に目にした物、読んだ本は、その時周囲にあったものに永久に結びついているわけではない。当時の私たち自身にも忠実に結びついている。それを再び感じたり考えたりできるのは、当時の私たちの感受性、思考、人格のみだ。

本質的な書物、唯一の真実な書物は、すでに私たち各人のなかに存在しているのだから、大作家は普通の意味でそれを作り上げる必要はなく、ただそれを翻訳しさえすればよい。作家の義務と仕事は、翻訳者のそれなのだ。

芸術作品こそ<失われた時>を見出す唯一の手段だ。文学作品の全ての素材は、私の過ぎ去った生涯であることを私は理解した。

作家は「読者よ」と言うが、実を言えば、一人ひとりの読者は本を読んでいるときに、自分自身の読者なのだ。作品は、この書物がなければ見えなかった自身の内部のものをはっきりと識別させるために、作家が読者に提供する一種の光学器械にすぎない。


失われた時を求めて 12 第七篇 見出された時 1 (集英社文庫ヘリテージシリーズ)

失われた時を求めて 12 第七篇 見出された時 1 (集英社文庫ヘリテージシリーズ)

  • 出版社/メーカー: 集英社
  • 発売日: 2007/03/20
  • メディア: 文庫



失われた時を求めて 13 第七篇 見出された時 2 (集英社文庫ヘリテージシリーズ)

失われた時を求めて 13 第七篇 見出された時 2 (集英社文庫ヘリテージシリーズ)

  • 出版社/メーカー: 集英社
  • 発売日: 2007/03/20
  • メディア: 文庫



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失われた時を求めて〜囚われの女、逃げ去る女 [読書日記]

「失われた時を求めて」の第5篇「囚われの女」、第6篇「逃げ去る女」を読了した。恋人アルベルチーヌを自宅に住ませ、外出するにも行動を監視する日々。彼女の同性愛を疑う語り手の葛藤が、じりじりとした思いが延々と語られる。

結局は嫉妬であり束縛であり、愛の一形態なのだろう。100年以上前の時代であっても現代人と、その思いは変わらない。訳者の鈴木道彦は、囚われの女Ⅱの「はじめに」で、「恋人同士がお互いに嘘をつき、だましあい、相手の心を誤解しあう物語の中に、芸術を通しての理解の可能性が執拗に考察され」ると指摘。複雑な絵巻物の中で一本の琴線のように続いているのは、「芸術の可能性」というテーマだと喝破している。なるほどと頷いた。

医学は「自然と肩を並べ、患者を床につかせ薬の使用を続けさせる。人工的に接木された病気は根を下ろし、本物の病気になる。自然の病気は治るけれど、医学の作り出す病気は治らない。医学は治癒の秘密を知らないからだ」。

作家ベルゴットの言葉「おれは小娘たちのために億万長者以上の金を使ったが、彼女らの与える快楽や幻滅のおかげで本が書けてお金がもらえるのだ」。彼は金を愛撫に変え、愛撫を金に変えるのが楽しかったのだろう。


失われた時を求めて 9 第五篇 囚われの女 1 (集英社文庫ヘリテージシリーズ)

失われた時を求めて 9 第五篇 囚われの女 1 (集英社文庫ヘリテージシリーズ)

  • 出版社/メーカー: 集英社
  • 発売日: 2007/01/19
  • メディア: 文庫



失われた時を求めて 10 第五篇 囚われの女 2 (集英社文庫ヘリテージシリーズ)

失われた時を求めて 10 第五篇 囚われの女 2 (集英社文庫ヘリテージシリーズ)

  • 出版社/メーカー: 集英社
  • 発売日: 2007/01/19
  • メディア: 文庫



失われた時を求めて 11 第六篇 逃げ去る女 (集英社ヘリテージシリーズ)

失われた時を求めて 11 第六篇 逃げ去る女 (集英社ヘリテージシリーズ)

  • 出版社/メーカー: 集英社
  • 発売日: 2007/01/19
  • メディア: 文庫



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失われた時を求めて〜ソドムとゴモラ [読書日記]

失われた時を求めて第4編「ソドムとゴモラ」を読了した。集英社文庫では7、8冊目。この章は600ページを超す分厚さで、微に入り細に入る文章と格闘する形となった。

テーマは作品の主軸の一つ、同性愛について。いわゆるゲイ、レズビアンの人たちへの偏見は当時のフランス社会では根強かったようだ。話の舞台である社交界でもゲイの男爵へ好奇の目が向けられる。主人公は恋人がレズビアンではないかとの疑惑を抱き、苦悩する。今はダイバーシティの先端を行くフランスだが、今昔の思いがする。

心に残った箴言二つ。
人との会話は、さまざまな意見を正確に知るためより、むしろ新しい表現を覚えるためにこそ必要である。
怠け癖さえ天賦の才能のように思われた。なぜなら怠惰は労働の反対であり、労働は才能のない人間の宿命だからだ。


失われた時を求めて 7 第四篇 ソドムとゴモラ 1 (集英社文庫ヘリテージシリーズ)

失われた時を求めて 7 第四篇 ソドムとゴモラ 1 (集英社文庫ヘリテージシリーズ)

  • 出版社/メーカー: 集英社
  • 発売日: 2006/10/18
  • メディア: 文庫



失われた時を求めて 8 第四篇 ソドムとゴモラ 2 (集英社文庫ヘリテージシリーズ)

失われた時を求めて 8 第四篇 ソドムとゴモラ 2 (集英社文庫ヘリテージシリーズ)

  • 出版社/メーカー: 集英社
  • 発売日: 2006/10/18
  • メディア: 文庫



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失われた時を求めて〜ゲルマントの方 [読書日記]

第3編「ゲルマントの方」を読む。スワン家と反対側の道を行くとあるゲルマント家の人たち。憧れの公爵夫人に会うため友人の伝手を辿ってようやく晩餐会に行く。歴史や物語に登場する名家の名前たち。広大な屋敷に華やかな出立ち、高貴な口ぶり。でも、そこで口にされる話題と言ったら・・・滑稽で醜い人たちの言動を事細かに記してサロンの実態を描く。

ドレフュス事件という当時の世論を二分した大事件の話が出てくる。ユダヤ人への差別意識は、日本でいう在日差別と同根のもののようだ。作者のプルーストの母親がユダヤ人であり、同性愛ととともに当時のマイノリティーの置かれた立場が作品の主題の一つであることは疑いがない。

この編では元カノのアルベルチーヌが成長した姿を見せたり、大好きだった祖母が天国に召されたりする。以下は印象に残った節とトリビア。
・「このような無用な時間、快楽を待つ奥深い控室のような時間、それを私は知っていた。かつてバルベックで皆が夕食に行ってしまい、一人で自分の部屋にいた時に、こうした時間の持つ暗いけれども快い空しさを経験した」
・当時のフランスでは、高貴な人に対しては三人称で呼ぶ習わしがあった。


失われた時を求めて 5 第三篇 ゲルマントの方 1 (集英社文庫ヘリテージシリーズ)

失われた時を求めて 5 第三篇 ゲルマントの方 1 (集英社文庫ヘリテージシリーズ)

  • 出版社/メーカー: 集英社
  • 発売日: 2006/08/18
  • メディア: 文庫



失われた時を求めて 6 第三篇 ゲルマントの方 2 (集英社文庫ヘリテージシリーズ)

失われた時を求めて 6 第三篇 ゲルマントの方 2 (集英社文庫ヘリテージシリーズ)

  • 出版社/メーカー: 集英社
  • 発売日: 2006/08/18
  • メディア: 文庫



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失われた時を求めて〜花咲く乙女たちのかげに [読書日記]

第2篇「花咲く乙女たちのかげに」を読了する。タイトル通り語り手の主人公が乙女たちに恋する様、その心情が延々と語られる。例によってさまざまなイメージが想起され、次々と登場する人物たちが主人公に刺激を与える。

初恋の相手はジルベルト。スワンとオデットの娘だ。サロンが開かれる自宅に通い詰め、恋の喜びに浸り、やがて熱が冷める。パリのシャンゼリゼが出会いの場所で、今とは違って移動手段は徒歩か馬車。19世紀の頃からレストランがあり、それが今でも続いているといった訳注に当時の情景を想像する。花の都の歴史に思いを馳せた。

後半では、保養地での少女たちに夢中になる。アルベルチーヌが率いる一団。ブルジョアと貴族、ユダヤ人といった登場人物により、その頃に始まった格差社会や差別の構造が描かれ、それが物語の背景になっている。プルースト自身がユダヤの血を引いており、社会が発展していく中で次々と吹き出す新たな問題へ関心が高かったのがよく分かった。





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2050年のメディア [読書日記]

読売新聞、日経新聞、ヤフーを中心にインターネット時代のメディア業界の地殻変動を描いている。慶應SFCの講座から生まれた。メディア業界に関わる人たちには必読の一冊だろう。

紙の新聞か、デジタルか。技術革新か、スクープか。業界の人間にとっては、この20年ほど常にこの言葉が頭のどこかにあり、自らの拠って立つ地盤、会社は大丈夫なのか、転身すべき時なのではないかと自問自答する人も多かったのではないかと思う。ソフトバンクの孫正義がiPhoneの販売権を得て、国内で売り出したのは2008年6月。10年には4Gが実現し、世間にはあっという間にスマホが普及した。それから12年、スマホでニュースを知る時代が到来するとともに新聞の部数は激減してきたのだ。

今年になってスポーツ紙が相次ぎ休刊、デジタル媒体に切り替わるとの発表があった。次はいつ夕刊がなくなるか。最新のニュースがスマホで見れる環境では、すでに夕刊の存在意義は薄れている。惰性で発行しているのは、広告売上高を減らしたくないという、つまらない新聞社内の事情だけだ。とはいえ、新聞社はジャーナリズムの担い手として生き続けてほしい。米国のように地方新聞がなくなった街を想像してほしい。行政権力に対してものが言えない社会。誰も批判する者がなくなると、必ず権力は腐敗する。ロシアや中国、北朝鮮。官製メディアだけの言論社会は想像するだけで寒気がする。


2050年のメディア (文春e-book)

2050年のメディア (文春e-book)

  • 作者: 下山 進
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2019/10/25
  • メディア: Kindle版



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失われた時を求めて〜スワン家の方へ [読書日記]

マルセル・プルーストの大長編傑作に挑む。以前、1冊目の途中で挫折。今回は集英社文庫ヘリテージシリーズで全13冊の読破を目指す。集英社版は登場人物の一覧や全7編のあらすじが巻末についていて、完読への手引きがあるのが親切。ざっと頭に入れて第1編「スワン家の方へ」を読み通した。

フランスの貴族、ブルジョアの社交界を舞台に主人公の恋愛や家族、交友関係が細かく描かれる。フランスを中心とした欧州の文学、美術、音楽、演劇など、当時の芸術・流行がさまざまな比喩の中で取り上げられる。フランス語や仏文学についての知識がないと、読むのが辛くなるかもしれない。

初読は果たして20代だったか、30代だったか。日仏学館でフランス語を学び直していた頃だったか。とにかく、その頃に比べれば少しは教養がついたのか、ひっかかりながらも何とかかんとか進んでいる。ファッションや美術関係など日本文化のことがたまに話に出てきて、パリ万博の頃のジャパネスクブームが作品に反映されているのも面白い。


失われた時を求めて 1 第一篇 スワン家の方へ 1 (集英社文庫)

失われた時を求めて 1 第一篇 スワン家の方へ 1 (集英社文庫)

  • 出版社/メーカー: 集英社
  • 発売日: 2006/03/17
  • メディア: 文庫



失われた時を求めて 2 第一篇 スワン家の方へ 2 (集英社文庫ヘリテージシリーズ)

失われた時を求めて 2 第一篇 スワン家の方へ 2 (集英社文庫ヘリテージシリーズ)

  • 出版社/メーカー: 集英社
  • 発売日: 2006/03/17
  • メディア: 文庫



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養老先生、病院へ行く [読書日記]

かの養老孟司先生と東大病院の教え子、中川恵一さんの共著。病院嫌いの養老先生が体調が悪くて病院に行き、心筋梗塞と分かって緊急手術で一命を取り留めた話、愛猫まるの死などについて語る。医者であるのに、統計データに基づく現代医療に違和感を持ち、「身体の声を聞く」ことを大切にしてきた養老先生の考えに共感するところが大きかった。

ペットの犬や猫は、今この時のことしか考えていない。将来のことは考えない。今をただ精一杯生きることに全力だ。人間は大脳によって都市化した世界を作り、自然=死を見えないようにして暮らしている。一人称の死(自ら見えない自身の死)、二人称の死(家族や友人などの死、家族同様のペットの死)、三人称の死(テレビなどで見る戦争の犠牲者など)という定義もストンと胸に落ちた。

うちで飼っていたフレンチブルドッグ(あんず)が息をひきとった。台風の朝、眠るように亡くなっていた。14歳という高齢で半年ほど前から病気であるのが分かっていたが、手術を回避し家で家族がケアしながら見守る道を選んだ。次第に立ち上がれなくなり食も細くなったが、痛がるそぶりはなかった。最後に大好きだった散歩にもう一度連れて行ってあげたかったなあ。役に立つとか儲かることばかりが重視される社会で、ただ純粋に飼い主に懐いてくれた存在。本書でも猫ブームは、現代の人間社会の生きづらさの裏返しとの指摘があり、うなづいた。


養老先生、病院へ行く

養老先生、病院へ行く

  • 出版社/メーカー: エクスナレッジ
  • 発売日: 2021/04/08
  • メディア: 単行本



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