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土地の文明 [読書日記]

「地形とデータで日本の都市の謎を解く」というサブタイトルがつく。元建設官僚の竹村公太郎さんの著書。全国の都市を俎上に上げ、土地の下部構造に着目、都市の成り立ちを解き明かす。人気番組「ブラタモリ」のタネ本みたいな一冊で滅法面白かった。

皇居の正門は半蔵門という仮説、土地をめぐる徳川の吉良への恨みが背景にあった忠臣蔵の真相、 石狩川のショートカット、権力と権威が分かれた鎌倉幕府など、へえと思う話が続く。荒俣宏は「知力がドンドン湧いてくる本」と評しているが、それも頷ける。

キーワードの一つは交流軸。現代で言えば高速道路のネットワークに重なる都市は栄ることが実証されている。人やモノが集まる場所は繁盛するのだ。京都への遷都による奈良の衰退、交流軸による滋賀の繁栄という現象はあまり知らなかった。大河川がなく地理的に安全でもない福岡市が大繁栄しているのは、世界的な大交流軸の上にあり、昔から大陸に開いていた街だから。漂流して流れ着く一番の港が博多だった。

征夷大将軍の「夷」は、字を分解すると、一と弓と人。手をいっぱい広げて弓を引いている人を意味し、すなわち「狩猟する人」を意味するという。稲作をする人々が土地を求めて狩猟する人たちを追っ払う。農耕民族による狩猟民族の駆逐は、中国だけでなく日本でも行われたという説に感心した。



土地の文明 地形とデータで日本の都市の謎を解く

土地の文明 地形とデータで日本の都市の謎を解く

  • 作者: 竹村 公太郎
  • 出版社/メーカー: PHP研究所
  • 発売日: 2005/06/11
  • メディア: 単行本



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人生、成り行き 談志一代記 [読書日記]

「人生、成り行き」ってえ、タイトルが気に入って手に取った一冊。噺家の談志の野郎、いったいどんなこと喋りやがったのか。立川流顧問の吉川潮さんのインタビューで小説新潮に連載したのをまとめたらしいが、これが滅法面白かったね。野暮なのはダメ、江戸っ子は粋でなくちゃ。基本の行動原理はこれと、芸人だからシャレが分からない奴は莫迦 ってえの。鬱陶しい世の中故に、読んでスカッとしたね。

噺家として国政選挙に打って出たんだなあ、忘れてたけど。先輩議員の青島幸男、こいつも江戸っ子なんだが、これが野暮でいけねえ。選挙運動しないで家にいるというのは一般的には格好いいかもしれないが、あたしに言わせれば野暮。おれなら毎日女とデートするとか、トルコ風呂に通うとか、そういうやり方の方が粋。別に反社会的行為ではないしね。

談志落語の自己分析。いい好奇心を文明と呼び、悪い好奇心を犯罪と呼ぶ。いいも悪いも人間の業じゃねえか、しょうがないじゃないかと肯定していくれるのが、悪所と言われる寄席なんだ。芸術は成り上がり者のステイタス、自分をモーツァルトやルノアールに帰属させて満足を得る。人は自分を安定させるためにいろんなところに帰属する。一番帰属して楽なのが、頭を使わなくて良い宗教でありイデオロギーかな。俺が帰属するのは結局、落語しかないけど。

立川流の設立の経緯も初めて知った。談志の話は芝浜を一度聴いたきり。それも映画で。志の輔、志らく、談春らの落語もいつか聞いてみたい。



人生、成り行き―談志一代記

人生、成り行き―談志一代記

  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2022/07/31
  • メディア: 単行本



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エロ事師たち [読書日記]

野坂昭如の「エロ事師たち」を読了した。AVもネットもなかった昭和時代の「エロ稼業」に精を出した男たちの話。エロ写真、ブルーフィルムにトルコ風呂。懐かしい用語に昔を思い出す。

関西が舞台で主人公のすぶやんが全編大阪弁で語る。企業が営業の一環で顧客をもてなすためエロ映画の映写会をしたり、売春の斡旋をしたり。もちろん当時でも違法だが、裏稼業のエロ事師たちが危ない橋を渡りながら顧客の欲望を満たす。客から感謝されることにプロとしての誇りを持って、次第に内容もエスカレートしていく。

戦後の復興から高度成長へと向かおうとする頃。警察に捕まるようなことをしながらも、まだのんびりというか、おおらかというか。今の尺度で言えば、性差別だ、人権侵害だという話にもなるだろう。発表当時としても過激な内容を、お伽噺のような感じで読み終えた。


エロ事師たち (新潮文庫)

エロ事師たち (新潮文庫)

  • 作者: 昭如, 野坂
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 1970/04/17
  • メディア: 文庫



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なぜ八幡神社が日本でいちばん多いのか [読書日記]

宗教学者・島田裕巳さんの新書。宗教の歴史や聖地巡礼の話に興味があり、これまでも島田さんの本を手に取ってきたが、神社をめぐるこの本も面白かった。八幡、天神、稲荷、伊勢、出雲、春日、熊野、祇園、諏訪、白山、住吉。全国の至る所に同じ名前の神社が点在している不思議の謎が解けた。

それにしても日本は本当に八百万の神の国なのだと思った。神社ごとに違う神を祀っていて、しかも1社に1柱というわけではない。神社の境内に別の系統の神社を勧請して、摂社や末社として小祠がある。古事記、日本書紀に出てくる327柱の神々はほんの一部で、外国から渡来してきたり後世の人が祀られたり、自然神が元だったりする神も多い。もともとは仏教と一体だった時代の方が長く、仏が神と習合して新たな信仰の対象となったケースも多いと知った。

明治以降の廃仏毀釈、国家神道で随分と神社のかたちも変わったらしい。天神さま、菅原道真は祟り神から善なる神へ変貌し寺子屋に額が飾られたことから別に達筆ではないのに書道の神に祭り上げられた。歌舞伎の「菅原伝授手習鑑」が信仰拡大にもたらした影響も大きかった。熊野の話では、補陀落渡海(ほだらくとかい)という衝撃的な習俗を知る。海の向こうの浄土を目指して船出する自殺行為は、井上靖が小説にしているという。久留米の水天宮は、壇ノ浦で滅びた平家の人々を祭神としていることも知った。祠があれば拝んでしまう、これはもう日本人の習性なんだろう。






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世界まちかど地政学 [読書日記]

藻谷浩介さんがネットに連載していた世界弾丸ツアー記。コロナで国内外どこにも遠出できない日々が続く中、読書で海外に行った気分になる。ドイツの北方領土カリーニングラード、アイルランド、コーカサス3国、スリランカ、ミャンマー、ボリビアなど。沢木耕太郎や小田実の旅行記に心躍らせた昔をふと想い出しながら、現場に行かなければ分からない事実があることを改めて思う。

藻谷さんの主催する東日本大震災支援ツアーにかつて参加したことがあるが、彼の歴史と地理の知識に基づいた講釈は実に面白かった。このツアー記も観光地巡りではなく、公共交通機関を使い足でとにかく歩き回る。それぞれの土地には、政府が外国人に見せたがる「グラマラス」な場所と、その対極にある庶民の生活する場所があると、劇作家・山﨑正和さんは言う。そのポリシーで行った先の国の街を探検するという。

地政学はドイツで発達した学問であることから国家間の戦争を論じるイメージがある。本書では、歴史認識と21世紀の現場で起きていることを観察することを踏まえた地政学として論じている。ハードパワーだけでなくソフトパワーに重きを置く地政学。海外を歩き回るのはなかなかできそうにないが、国内を歩いて観察する旅をいつかやりたいと思った。


世界まちかど地政学 90カ国弾丸旅行記 (毎日新聞出版)

世界まちかど地政学 90カ国弾丸旅行記 (毎日新聞出版)

  • 作者: 藻谷 浩介
  • 出版社/メーカー: 毎日新聞出版(インプレス)
  • 発売日: 2018/03/30
  • メディア: Kindle版



世界まちかど地政学NEXT

世界まちかど地政学NEXT

  • 作者: 浩介, 藻谷
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2019/04/25
  • メディア: 単行本



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パンとサーカス [読書日記]

島田雅彦さんの新刊「パンとサーカス」を読む。西日本、東京・中日、北海道新聞に連載した小説。暗愚の安倍から菅政権の頃、閉塞感に覆われた国を舞台にしたインテリジェンスサスペンス仕立てのエンタメ政治小説だ。コントラムンディ、ラテン語で「世界の敵」をキーワードにテロと革命の夢が疾駆する。

どこまで本当か分からないが、CIAやKGBの活動はよく小説・映画で知っている。でも中国国家公安部の暗躍はあまり意識したことがなかった。今や軍事や経済で米国を凌駕しようとする中国。ITはじめ産業スパイを主とした工作員は日本中にウヨウヨいるのだろう。

戦後、米国の軍隊が駐留し実質的には属領のような国になった。政治的主体性はなくいつも米国の顔色を見ている。以前読んだ白井聡の「国体論」の論旨をストーリー仕立てにしたのが、島田さんのこの物語だと思った。

・「善きサマリア人法」とは、急病人などを救おうと善意の医療行為をとった場合、失敗してもその責任は問われないというもの(日本では適用されにくい)。
・ユロージヴァヤとは、ロシア語で「聖なる愚者」。
・奇跡を待望する人は多いし、愚か者もうんざりするほど多くいるが、奇跡を起こそうとする愚か者はほとんどいない。ゆえに奇跡は永遠に起きない。


パンとサーカス

パンとサーカス

  • 作者: 島田雅彦
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2022/03/23
  • メディア: Kindle版



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文明の生態史観 [読書日記]

梅棹忠夫の名著、文明の生態史観を読む。生誕100年の帯がついた中公文庫。ユーラシア大陸を第一地域と第二地域に分けて、生態学の視点から国の発展のあり方を分類してみせた。温帯の日本と西ヨーロッパの類似性を指摘する論考は、昭和30年代に書かれたとは思えない。まだ自由に海外旅行など行けなかった時代ゆえに大きな反響を巻き起こしたのも頷ける。

世界の4大文明が生まれたのはいずれも乾燥地帯の周辺。大国が生まれてはそれまでの国を破壊するパターンを繰り返し、社会が安定することはなかった。文明国の辺境にあった日本と西ヨーロッパは大国に侵略されることなく、封建制を経てブルジョアを育成し、植民地を持つ列強となり、民主主義の国になった。歴史学者トインビーの名前を久しぶりに見て、そう言えば昔流行ったなあと感慨に浸った。

確かにと思ったのは、日本がアジアの一員でありながら東南アジアの国々とは全く異質な国であるということ。それは芸術、美的感覚にも現れていて、古い美術品や仏像、建築に価値を見出すのは日本特有で東南アジアにはないという。仏像は古くなれば綺麗に塗り直したりしていつもピカピカ。絵を家の中に飾るという習慣もあまりない。宗教についても生活の中に根付いているアジアの国々と、日本は全く違う。いい悪いではなく、アジアにおける日本の異質性がよく分かった。


文明の生態史観 (中公文庫)

文明の生態史観 (中公文庫)

  • 作者: 梅棹 忠夫
  • 出版社/メーカー: 中央公論新社
  • 発売日: 1998/01/18
  • メディア: 文庫



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感染症としての文学と哲学 [読書日記]

文芸批評家・福嶋亮大さんの著作。古今の文学・哲学がどのように感染症と関わってきたかをたどる。古代ギリシャから中世、現代まで(西欧が中心だが)、多くの著名な作品に創作の契機、作品の背景としてペストやコレラ、結核といった感染症がある。第2次世界大戦後からつい2年ほど前まで、世界は疫病のことなど忘れて暮らせる稀有な時代だったのだという。

そうした時代に生まれたのが自由主義であり、グローバル化でさらに新自由主義が世界を席巻した。パンデミックで公衆衛生の要求が高まり、世の中は自由を規制する傾向にある。新しい日常とは、自由を制約する新たな規範のことだと喝破する。そして「コロナが世界を変えた」という言質には警戒せよという。パンデミックが浮き彫りにするのは資本主義の強者が勝ち誇り、弱者が一層脆弱になる構図。「危険の分配」の不平等は明らかで、収入や人種によって死ぬ確率が決まってくる。これまでの感染症と同様にコロナ禍でもそれが繰り返されている。

多くの著作や解釈が紹介されている中で、心に残った箇所は以下の通り。
・梅棹忠夫の「文明の生態史観」は宗教と疫病の類似性を指摘している名著。
・新自由主義社会の病理は、感染よりも梗塞のモデルになった。それは心の梗塞であり、感染はネットの世界の病理となって現れた。
・安部公房の「密会」。「人間社会そのものがある意味病院みたいなものではないか」「治療の観念には人間の欠落の補修という動機があったはず」
・パンデミックの占領下では、時間はあまりに速く過ぎ去り、あまりに遅く進む。社会の正常なカレンダーは解体され、その異常事態にもやがて慣れてしまう。カミュの「ペスト」の戒め。「絶望に慣れることは絶望そのものよりもっと悪いのである」。
・村上春樹の作品は「自己療養」の文学。
疫病を抜きに文学は語れないと改めて思った。


感染症としての文学と哲学 (光文社新書)

感染症としての文学と哲学 (光文社新書)

  • 作者: 福嶋 亮大
  • 出版社/メーカー: 光文社
  • 発売日: 2022/02/16
  • メディア: Kindle版



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ソ連が満州に侵攻した夏 [読書日記]

半藤一利さんの戦争シリーズの一冊を読む。夏の終戦記念日の頃に戦争ものを読むことが多いが、今回はもちろんロシアのウクライナ侵攻があったから。第2次世界大戦の惨禍を経験して、もう戦争は懲り懲りだというのが世界の共通認識だと思っていた。領土不拡大の原則は戦後の共通の指標のはずだった。それでもプーチンは戦争を起こした。

スターリンは帝政ロシアの領土を取り戻すため、日露戦争の借りを返すため、しゃにむに満州へ兵を出した。日本が白旗を上げる前に不可侵条約を破棄してソ満国境を越えた。関東軍はとっとと撤退し居留民を置き去りにした。ソ連兵は略奪、暴行など悪虐非道の限りを尽くし、捕虜はシベリアにしょっ引き労働力として酷使した。血も涙もないと言われたスターリンはプーチンとそっくりだ。というか、プーチンはスターリンを崇拝しているとしか思えない。

専制政治が続くロシアという国は、昔と何も変わっていないのだろうか。言論は抑え込まれている。でも皆がスマホを持つ現代、ウクライナの戦場は度々テレビで映像として流れる。誰もが戦場カメラマンで、誰もが従軍記者なのだ。ロシアの人々が反戦の声を上げ、政権を揺るがす行動に出るときが来るのだろうか。子どもや年寄り、弱い者が犠牲になるのが戦争の常だ。どんな新兵器ができても、この悲しい事実は変わらない。




ソ連が満洲に侵攻した夏 (文春文庫)

ソ連が満洲に侵攻した夏 (文春文庫)

  • 作者: 半藤 一利
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2002/08/02
  • メディア: 文庫



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発達障害という才能 [読書日記]

閉塞した社会状況を打破するのは、発達障害という特性を備えたトリックスターたちだと本書は指摘する。昔は発達障害なんて聞いたこともなかった。今でも発達障害の人の大部分は普通に社会生活を送っていて、疾病というより「特性」と言った方がよいという。「障害」という言葉がイメージを悪くしていると感じる。

ADHD(注意欠如多動性障害)、ASD(自閉症スペクトラム障害)、LD(限局性学習障害)とあって、最も耳にするADHDは空想に耽る時間が一般の人より長いという。もともと人は起きている時間の半分くらいは目の前に起きている出来事以外のことに思いを巡らしているらしい。これをマインド・ワンダリングというそうだ。創造的なひらめきはここから生まれるんだとか。我が身を振り返ってもボーッとしている時に何か思いつくことがあったりする。

エジソンから始まり、現代ではオードリー・タンやイーロン・マスクも発達障害だとカミングアウトしている。サヴァン症候群も発達障害に伴って現れる症状で、人並外れた記憶力や計算能力を示す。読字障害(ディスクレシア)というのもあるという。こういった特性を持つ人たちを社会でどう生かすか。本気で考えている国もあれば、日本のようにまだこれからの課題という国もある。異能の人も含め多様な人材が活躍する社会づくりが望まれるのは確かだろう。


発達障害という才能 (SB新書)

発達障害という才能 (SB新書)

  • 作者: 岩波 明
  • 出版社/メーカー: SBクリエイティブ
  • 発売日: 2021/11/05
  • メディア: Kindle版



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